学習の「やる気」をいかに高くキープできるかが目標達成の成否に大きく影響します。とはいえ、学習開始当初は高い「やる気」をもって臨んでいたとしても、長期間続けているとどこかで「やる気」は下降してしまうものです。ではどうすれば「やる気」の下降を防げるでしょうか?

 

このコラムシリーズでは心理学的な知見から、学習の「やる気」、すなわちモチベーション(動機づけ)につながるヒントを提供いたします。

目標設定が「やる気」に影響する?

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みなさんは何を目標にして学習をしていますか?資格試験に合格するために学習している方もいるでしょう。良い点数をとって評価してもらうことが目標のひとつとしている方もいるでしょう。はたまた、自分の能力を上げたい、新たな知識が手に入ることが楽しいから学習したい、という目標をもつ方もいるかもしれません。もちろん目標はひとつだけとは限らず、複数の目標を同時に意識している場合もあります。

学習の目標意識は人によってさまざまです。そして心理学では目標意識の設定が学習の「やる気」や達成度合いに影響していることが多くの研究から明らかにされています。

学習の「やる気」すなわち動機づけと目標意識の関連を説明したものに、達成目標理論(achievement goal theory)があります。この理論では目標の種類を熟達目標と遂行目標に分けて扱います。

熟達目標とは、自分の能力を伸ばし、自分を成長させたいとする目標のことを指します。遂行目標とは、他者から自分の能力を高く評価してもらいたい、もしくは低い評価を避けたいとする目標です。例えば、自分の成長のために学習したいと意識しており、他者の評価よりも自分の手ごたえや実感が大きな意味を持つ場合は、熟達目標が優勢な状態といえます。一方で、テストで友人とよい点数をとりたい、資格試験に合格したい、といった意識が強い場合は、後者の遂行目標が優勢な状況といえます。

それでは、どちらの目標意識のほうが「やる気」を高く維持できるのでしょうか。

なぜ目標が大切なのか


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この達成目標理論はDweck & Reppuci(1973)の研究からスタートしました。Dweckraらは、物事がうまくいかないときに粘り強く努力し続ける子どもと、すぐにモチベーションを落としてしまう子どもの特徴に注目しました。粘り強く努力し続ける子どもは、失敗に直面してもそれを失敗だとは受け止めず、成功のために自分のパフォーマンスをどう切り替えるか検討する傾向がみられました。一方ですぐにモチベーションを落としてしまう子どもは、失敗するとネガティブな感情が強く、失敗は自分の能力のせいだと考え、以降の成功にも期待をもちにくい傾向がありました。興味深いことに、成功している場面だとこの2グループの子どもの間には認知・思考傾向に大きな差がないことも指摘されています。つまり、上手くいかないときにどのように受け止められるかが、モチベーションの維持に重要な意味をもつといえます。

さらにDweckらは、この2グループの目標意識の違いがモチベーションの維持に影響していることを示したのです。これが達成目標理論です。成功しているときは目標の種類の違いに関わらず、自分の能力に自信を持ち、学習のモチベーションを維持できます。また、失敗したときに、「自分の能力を伸ばしたい」などの熟達目標をもっていると、モチベーションが維持されやすいことを示しました。しかし「テストでよい点をとりたい」などの遂行目標が強いときに失敗を経験すると、自分の能力への自信が低くなり、無力感が増し、学習のモチベーションが大きく低下すると指摘されています。

学習習慣への影響は?

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この達成目標理論をふまえて、遠藤・中谷(2017)の中学生を対象とした研究では、学習目標意識が学習習慣にどのような影響を与えるか調査しています。遠藤らの研究によると「授業中はできるだけたくさんのことを勉強したい」といった熟達目標意識の高い生徒のモチベーションは、「課題に対する興味や価値を高めてやる気を高める」いった内発的な傾向にありました。一方で「ほかの人よりよい点数をとることが大切」といった遂行目標意識の高い生徒のモチベーションは、「他者からの評価や報酬によりやる気を高める」といった外発的な傾向にありました。

 

一般的にモチベーションは内発的なもの(内発的動機づけ)のほうが、外発的なもの(外発的動機づけ)よりも持続力が高いとされています。実際に遠藤らの研究においても、熟達目標意識が高く、内発的動機づけが高い生徒ほうが、学習習慣が強く形成されていると示唆する結果が得られています。一方で達成目標意識が高く、外発的動機づけが高い生徒は、学習習慣にポジティブな様子がみられないと示唆されました。

「学習することの意味」を意識させる

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以上のように、「この学習は自分の成長につながるんだ」と熟達目標意識を強くもつことはモチベーションの維持につながるといえます。特に熟達目標意識は内発的動機づけにポジティブな影響を与え、学習習慣の維持に良い働きをするといえるでしょう。

 

しかし、おそらく多くの方は「試験に合格したい」「良い成績を残したい」という遂行目標をもって学習に励んでいると思います。ですが先述のとおり、学習には「望んでいる結果をクリアする」以外にも、「自身の成長」という成果の側面もあります。現在の直接的な学習目標のほかに「自身の成長」という学習目標も同時に意識することで、モチベーションが維持されやすく、学習習慣の持続が期待できます。また、子どもや生徒にコーチングする立場の方は、成績だけではなく「学習することの意味」を意識させることで、学習者のモチベーションが高く維持されやすくなるといえるでしょう。

【引用文献】
Dweck, C. S., & Reppucci, N. D. (1973). Learned helplessness and reinforcement responsibility in children. Journal of Personality and Social Psychology, 25(1), 109–116.
遠藤志乃・中谷素之 (2017). 中学生における動機づけ調整方略と達成目標および学習習慣との関連 心理学研究, 88, 170-176.

 

 

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執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 

執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

 

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