前回のコラムでは、レベルの低い環境に身を置いた方が大成する可能性があるという「小さな池の大きな魚効果」を紹介いたしました。われわれは日常的に、他者との比較で自分自身を評価し、自信をもったり失ったりすることがわかっています。そして自信をもつことができれば動機づけに繋がり、学業や運動などのパフォーマンスも上がっていくことがわかっています。そのため早期に有能感や自己効力感を獲得することは、人生においてポジティブな効果をもちます。

 

今回のコラムでは早期の有能感の獲得がもたらす影響を紹介していきます。

「誕生月」の影響力

有能感がわれわれの人生に与える影響を示す上で、非常に興味深いデータがあります。以下のグラフは日本のプロ野球選手の誕生月別の人数を示したものです(スポーツ報知2020年5月7日号より引用)。


グラフ1※スポーツ報知 2020年5月7日号のデータをもとに作成 日本人選手のみ

こちらのデータをみると、プロ野球には4~9月生まれの選手が多く、10~3月生まれの選手が少ないことがわかります。なお2018年も同様の分析を行っていますが、ほぼ同じ結果となっています(スポーツ報知2018年4月9日号)。

それではサッカー選手はどうでしょうか。


グラフ2※スポーツ報知 2018年4月9日号のデータをもとに作成

 

データを見ると、サッカー選手も4~9月生まれの選手が多く、10~3月生まれの選手が少ないことがわかります(スポーツ報知2018年4月9日号)。

このように、同じ学年でも「遅生まれ」の選手が有利で「早生まれ」の選手が不利になる現象を相対年齢効果といいます。中田(2017)は日本のスポーツ選手の相対年齢効果を検証したところ、野球・サッカー・バレーボール・バスケットボール・駅伝・相撲など、幅広い種目で「遅生まれ」の選手が多く「早生まれ」の選手が少ない傾向が確認しました。

相対年齢効果はスポーツだけではなく学業面でも生じることが明らかになっています。川口・森(2007)によると、誕生月による学業成績の差は小学校・中学校・高校でも生じ、早生まれは遅生まれに比べて学業成績が低い傾向にあることが明らかになっています。また、国立・私立の中学校への入学率や最終学歴で見ても、早生まれは不利であるデータが導出されました。


才能や資質のせいではない
22056241なぜこのような現象が起きるのでしょうか。まず子どもの場合と成人の場合をわけて考えましょう。子どもの場合は説明が簡単で、同じ学年でも最大1年間の発達差が生じることが原因といえます。日本では4月2日生まれから翌年4月1日生まれまでを同一学年として扱います。つまり小学校入学時に4月2日生まれの児童と4月1日生まれの児童とでは約1歳の年齢差があることになります。6歳児にとって1年の発達ハンデは大きく、身体的発達にも認知的発達にも差が生じます。にもかかわらず、早生まれの児童が遅生まれの児童と「同条件」という前提で競争させられることは大変不利になります。このような同一学年内での発達ハンデが幼少期は大きいといえます。

しかし年齢を重ねると、発達ハンデは小さくなっていきます。にもかかわらず、先ほどの野球選手やサッカー選手のデータからもわかるように、成人にも相対年齢効果が生じていて早生まれが不利なようです。これはなぜでしょうか。

その原因となるのが有能感の獲得です。前述のとおり早生まれの方は発達ハンデのため運動や学業が周囲に比べて上手くいかない経験を幼少期にする可能性が高いです。そうなると「自分は運動・学業が向いていない」「自分は周囲より劣った人間だ」と誤った学習をしてしまうことがあります。本当はただ単に生まれた時期による発達の差であり、本人の資質や才能のせいではないにも関わらず、他者との社会的比較により自身の評価を下げてしまいます。このように成人の相対年齢効果は、発達ハンデによって生じた幼少期の失敗体験や他者との社会的比較により自身の有能感を下げ、その影響が将来的にも持続してしまっている可能性があります。

先ほどの中田(2017)の研究によると、相対年齢効果で早生まれが少ないスポーツ種目として野球やサッカー、駅伝、相撲などがありました。一方で競馬の騎手は「早生まれ」のほうが「遅生まれ」より多く、ハンドボール・ラグビー・バドミントン・アメリカンフットボール・ゴルフでは生まれ月による偏りはみられませんでした。これを整理すると、早生まれが少ないスポーツは多くの選手が幼少期から始めるタイプの種目・運動が多いことがわかります。これはやはり幼少期の発達ハンデによる社会的比較の結果、有能感が下がったためと考えられます。

 

しかし、比較的発達ハンデが小さくなった時期に開始することが多いスポーツ種目に関しては、相対年齢効果が生じていません。また、競馬の騎手に関しては、他のスポーツに対する有能感が下がった人が、発達ハンデが無くなった段階でチャレンジする先に選んでいる可能性があります(体重制限など他の要因もあるかもしれません)。このことからも、決して早生まれの人が才能や資質で劣っているわけではないといえるでしょう。あくまで幼少期の発達ハンデの経験により、有能感が低下してしまったことが問題だといえます。

ちなみに読売ジャイアンツで活躍した元野球選手の桑田真澄さんは4月1日生まれと、もっとも早生まれです。桑田さんはスポーツ新聞の取材で以下のように話しています。


早生まれのハンデについて「小学校までは感じました。体格はもちろん、勉強でも理解力とかに差があると思っていました」と振り返る。その差を克服するきっかけになったのは中学校1年生の時。入学直後の野球部の練習で、素質を見抜いた当時の監督から「3年生と一緒に練習しろ」と命じられたという。もちろん3年生との体力差は大きかったが、「差があるのは当たり前と受け止めて、何とかして補おうと考え、工夫するようになった」という。プロでも投手としては小柄だったが、当時身につけた「考えて工夫する」習慣が、その後の活躍に結びついた。

年齢や学年など「どこで区切っても個人差は必ずある」と桑田さん。「中1でも成長が早くて上手な子がいれば、3年になっても成長途上の子もいる。大切なのは、その子の成長の段階に応じた指導をすること。指導者はそれを常に心掛けるべきだし、子供たちにも自分らしく、自分のペースで努力を積み重ねてほしい。ウサギとカメの物語と同じ。最終的に勝てればいいんです」と話した。(スポーツ報知2018年4月9日号より抜粋)


幼少期の発達ハンデにより有能感が損なわれるケースは多くあります。しかし、その後の経験や周囲のケアによって打ち克つことも可能です。今後のコラムでは社会的比較についてより詳しく紹介し、他者との比較で自信を損なわないための方法を検討していきます。

 


【引用文献】
川口大司・森啓明(2007). 誕生日と学業成績・最終学歴 日本労働研究雑誌 569, 29-42.
中田大貴(2017). 日本アスリートにおける相対年齢効果 陸上競技研究紀要 13, 9-18.

 

 

 

prof tanno 0507トリミング

執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 

執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

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