前々回のコラム(「井の中の蛙」が大成する可能性)では、われわれは日常的に自分と他者を比べることで自分自身を評価していると述べました。そして、他者との比較によって自信を上下させ、それが動機づけやパフォーマンスに影響していることを説明しました。その影響力は大きく、前回のコラム(誕生日で運命が変わる?有能感との関連)では例として、幼少期の誕生月の違いによる発達ハンデ体験がその後の人生にも影響しうることを示しました。

 

このように他者との比較によって自分を評価する行為は一般的に行われておりますが、なぜこのようなことが生じるのでしょうか。


レビューがあふれる時代22140481最近はインターネット上に誰でも投稿できるレビューサイトが充実しています。飲食店の評価や商品の評価、映画や音楽の評価など、簡単に閲覧することができるため、みなさんも日常的に活用しているのではないでしょうか。放送中のテレビ番組に対する評価や反応はSNSなどでも確認できます。現代社会はレビューにあふれていて、われわれはさまざまな影響を受けているといえるでしょう。

なぜわれわれは他者のレビューが気になるのでしょうか。自分と他者を比較することを総称して社会的比較といいます。以前のコラムでも説明しましたが、人間は自分の意見や能力を正しく評価したいという欲求があり、特に直接的・物理的な基準がない場合は、他者と比較することで自分を評価しようとする傾向があります(Festinger, 1954)。近年のレビューサイトの充実ぶりからも、われわれは自分自身の評価や反応が正しいかどうかを確認するために、他者の評価や反応を知ろうとする一般的傾向があるとわかります。

それでは社会的比較は特にどのような人が多く行っているのでしょうか。Gibbons & Buunk(1999)によると、社会的比較を求めやすい人の傾向として、①公的自己意識(他者からどう見られているか気になる傾向)などの他者志向性が強い、②抑うつ性や社会的不安などのネガティブな感情が強い、③神経症傾向(感情の不安定性)が高い、といった特徴がみられました。また、社会的比較の志向性が高い人は、頻繁に比較を行うだけではなく、比較による影響も強く受けていることが明らかにされています(Buunk, 2005)。


「自分探し」をする青年
悩む学生社会的比較は、飲食店や商品などに対するレビューについてのみ行われるわけではありません。自分の能力の評価にも社会的比較は用いられます。

そもそも人間には「自分のことを知りたい」という欲求があります。これを自己認識欲求と呼びます(上瀬,1992)。自己認識欲求は自己概念(自分に関する知識の相対)に対する不明確感によって生じ、これにより自分自身のことを知ろうとする行動が生起します(上瀬・堀野, 1995)。特に高校生や大学生といった青年期は、ちょうど子どもから大人への移行期で、社会へ進出する準備段階です。進学や就職など人生を左右するイベントも多く待ち受けている時期です。このとき「自分はどういう人間?」「自分は何が向いている?」といった課題に直面し、自己認識欲求が生起しやすくなります。つまり高校生や大学生は「自分探し」が行われやすい時期だといえます。

この「自分探し」の方法としても社会的比較は用いられます。小学校高学年から中年期までの社会的比較を調べたところ、小中学生よりも高校生や大学生の時期に社会的比較の頻度は高くなり、成人期や中年期に入ると社会的比較の頻度は低くなっていくことが明らかになりました(高田, 1999)。やはり青年期は、他者との比較により自分を評価する時期のようです。

Suls & Mullen(1982)は自分の能力を評価する手段を大きく2つに分類しています。自分と他者を比較する社会的比較と、現在の自分と過去の自分を比較する継時的比較です。さらに社会的比較は自分に類似した相手との比較と、類似していない相手との比較があります。Sulsらは自分の能力の評価方法は発達的に変化すると理論化しました。


<自分の能力を評価するときに比較されやすい対象> 

発達段階 

現在の自分との比較に用いられやすい対象 

乳幼児期 

過去の自分 

幼児期 

類似していない他者 

学童期・青年期・成人期 

類似した他者 

中年期 

類似していない他者 

老年期 

過去の自分 

※Suls & Mullen(1982)より作成

Sulsらの理論によると、他者との比較がはじまるのは4歳ごろとしています。ただし幼児期には認知的能力が十分に発達しておらず、闇雲に他者との比較が行われるようです。そして学校生活が始まると、同じ学年=類似した他者との関わりが増え、比較することが増えていきます。類似した他者との社会的比較は青年期にピークを迎えます。一方で中年期になると、さまざまな年齢や立場の人との関係性が増えるため、類似していない他者との比較が増えます。そして老年期になると、職場の引退などによる社会的接触の減少もあり、他者ではなく自分自身と向き合うことが増えるとされています。

このように青年が他者との比較によって自分自身を評価するのは、学校生活という環境の影響も大きいようです。また青年期は、自己概念が揺らぎ「自分探し」が行われ、近い他者との社会的比較が促進されています。したがって青年期に自分と他者を比較する行為が増えるのは自然な流れといえます。

しかしこれまでも示してきた通り、社会的比較によって自信が揺らいだり傷ついたりする場合もあります。前回のコラムでは、幼少期の発達ハンデにより自己評価を下げてしまい、その影響が続いてしまう現象(相対年齢効果)を紹介しました。学業でもスポーツでも、他者に勝てないから動機づけが低下して辞めてしまうケースは多くあります。

そんなときは継時的比較、つまり過去の自分との比較にシフトしてみてはいかがでしょうか。継時的比較を行うことで、自分の中での成長を把握することができます。また継時的比較は自己高揚にも用いられ、自己評価の向上や維持に繋がると指摘されています(Wilson & Ross,2001)。自分の中での成長が実感できるように成果指標を設けることで、自己効力感の獲得につながり、動機づけやパフォーマンスの促進も期待できます。

他人との比較で自信やモチベーションを失ったときこそ、「越えるべき相手は他者ではなく、過去の自分」と強く意識しましょう。


【引用文献】
Buunk, B.P. (2005). How do people respond to others with high commitment or autonomy in their relationships? Journal of Social and Personal Relationships, 22, 653-672 .
Festinger, L.(1954).A theory of social comparison processes. Human Relations, 7, 117-140.
Gibbons, F. X., & Buunk, B. P. (1999). Individual differences in social comparison: Development of a scale of social comparison orientation. Journal of Personality and Social Psychology, 76(1), 129–142.
上瀬由美子(1992)自己認識欲求の構造と機能に関する研究—女子青年を対象として— 心理学研究,63(1),30~37.
上瀬由美子・堀野緑(1995)自己認識欲求喚起と自己情報収集行動の心理的背景:青年期を対象として 教育心理学研究,43,23~31.
Suls, J., & Mullen, B. (1982). From the cradle to the grave: Comparison and self-evaluation across the life-span. In J. Suls (Ed.), Psychological perspectives on the self, Vol. 1, 97-125. Hillsdale, NJ: Erlbaum.
高田利武 (1999). 日常事態における社会的比較と文化的自己観—横断資料による発達的検討— 実験社会心理学研究, 39, 1-15.
Wilson, A. E., & Ross, M. (2001). From chump to champ: People's appraisals of their earlier and present selves. Journal of Personality and Social Psychology, 80, 572-584.

 

 

 

prof tanno 0507トリミング

執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 

執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

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