これまでのコラムでは自らの能力やパフォーマンスを高く評価・期待することがポジティブに働く機能について示してきました。自己効力感や有能感、いわゆる「自信」をもつことが学習の動機づけを高く維持するために重要であり、パフォーマンスも向上することを説明してきました。

 

その一方で、自分を高く評価することがマイナスにはたらくこともあります。自分自身を過大に高く評価してしまうことで、傲慢な態度となってしまったり、他者を軽視してしまう場合もありえるでしょう。今回のコラムでは「不適応的な自信」について整理していきます。

偽りの有能感?

優越感いわゆる「不適応的な自信」の代表として仮想的有能感があります。仮想的有能感は「自己の直接的なポジティブ経験に関係なく、他者の能力を批判的に評価・軽視する傾向に付随して習慣的に生じる有能さの感覚」と定義されています(速水,2006,2011)。つまり仮想的有能感は、①自信の根拠となる経験が薄く、②他者軽視をともなった状態と整理できます。
 

仮想的有能感は自尊感情(自己肯定感)との対比で検討されることが多いです。速水(2011)は、仮想的有能感が偽りの有能感とするのなら、自尊感情は真の有能感といえるとしています。速水・木野・高木(2005)は学生を対象とした調査で、仮想的有能感と自尊感情の高さはどのような経験によって生まれるかを調べています。その結果、自尊感情の高さは何かを達成したポジティブな経験や、対人関係でのポジティブな経験と正の相関がみられました。一方で仮想的有能感は、何かを達成したポジティブな経験と相関が無く、対人関係でのネガティブな経験と正の相関がみたれました。

 

このことから自尊感情と仮想的有能感はどちらも自分を高く評価する心理状態ではありますが、裏付けとなるものが異なり、違う機能をはたしていると推察されます。実際に仮想的有能感と自尊感情の間にはほとんど相関がみられませんので、別の概念といえそうです(速水ら,2005)。そして、仮想的有能感の高さは、孤独感、学業の不快感情、友人への不快感情、共感性の低さ、友人関係満足度の低さなどと相関がみられています(速水・木野・高木, 2004)。

 


学習との関連は?

やるきなしこのように仮想的有能感は「不適応的な自信」のようです。それでは仮想的有能感は学習行動とはどのような関連があるのでしょうか。

 

速水・小平(2006)は自尊感情と他者軽視の高低を組み合わせて有能感の形を4つに分類し、学習行動との関連を検討しました。

 

<表 有能感のタイプ>

有能感タイプ 組み合わせ
自尊型 自尊感情が高く、他者軽視が低い
全能型 自尊感情が高く、他者軽視が高い
萎縮型 自尊感情が低く、他者軽視が低い
仮想型 自尊感情が低く、他者軽視が高い

 

速水・小平(2006)は高校生を対象に調査を行ったところ、他者軽視と学習量志向(コツコツ勉強したり、根性をもってがんばることで成果が出るという信念)の間に負の相関がみられました。この結果から、他者軽視の高い全能型や仮想型には「努力を避けようとする傾向」があると考えられます。

 

また、学習の動機づけを比較すると、仮想型は自尊型に比べて外的動機づけおよび取り入れ的動機づけなどの他律的な動機づけが高く、同一化的動機づけと内発的動機づけが低い傾向にありました(動機づけのレベルについては以前のコラム「ごほうびは効果あり?それとも逆効果?」で詳しく説明しています)。この結果から速水・小平(2006)は、仮想型は勉強を自律的に行うものとして捉えておらず、「やらされている」という感覚を強くもっていると考察しています。なお萎縮型はいずれの動機づけも低い傾向にありました。

 

これらの結果から、自信をもつことが学習の動機づけやパフォーマンスを向上する機能を果たしますが、仮想的有能感は「偽りの自信」であるといえます。自尊感情や自己効力感といった「真の自信」を構築するほうが適応的だといえます。

 


学校場面と仮想的有能感

先生生徒仮想的有能感はもともと一部の若者の特徴として着目された概念でした(速水,2011)。そのため学校場面では、教師が仮想的有能感をもつ学生・生徒とふれあう機会も多いと思われます。どのようなことに注意すべきでしょうか。

 

松本・速水・山本(2013)は、高校生と教師のかかわりについて、教師が生徒のパーソナリティを把握し、適切な役割を与えたり、長所を伸ばそうとするなどの生徒理解により、生徒の自信を生み仮想的有能感を低減すると述べています。また、教師との関りの薄さが、生徒に自信を持つことを難しくさせ、仮想的有能感を高めると指摘しています。

 

高校生や大学生は「自分は何者か」という問題に直面し、自分探しに奔走しやすい時期です(コラム15. ついつい他人と比べてしまう心理)。自己評価も揺らぎやすく、「真の自信」を構築するのは難しい時期といえるでしょう。周囲の大人が学生・生徒の状況を正しく理解することが、この時期の自己評価構築につながります。

 


【引用文献】
速水敏彦(2006).他人を見下す若者たち 講談社
速水敏彦(2011).仮想的有能感研究の展望 教育心理学年報,50, 176–186.
速水敏彦・木野和代・高木邦子(2004). 仮想的有能感の構成概念妥当性の検討 名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要(心理発達科学), 51, 1–7.
速水敏彦・木野和代・高木邦子 (2005).他者軽視に基づく仮想的有能感――自尊感情との比較から―― 感情心理学研究,12, 43–55.
速水敏彦・小平英志 (2006). 仮想的有能感と学習観および動機づけとの関連 パーソナリティ研究, 14, 171-180.
松本麻友子・速水敏彦・山本将士 (2013). 高校生における仮想的有能感と対人関係との関連—仮想的有能感の変動に影響を及ぼす要因の検討 パーソナリティ研究, 22, 87-90.

 

 

 

prof tanno 0507トリミング

執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 

執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

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