前回のコラム(ついつい他人と比べてしまう心理)では、われわれが自分と他者を比較して自己評価してしまうメカニズムを説明しました。他者と比較する行為は青年期に顕著で、高校生や大学生は主に学校場面で友人との比較によって「自分はどのような存在か」という自己認識を深めていると示しました。
これまでのコラムで繰り返しお伝えしているように有能感や自己効力感といった、いわゆる「自信」は、動機づけやパフォーマンスに大きな影響を与えます。しかし他者との比較を行うことで自信を失い、動機づけやパフォーマンスを低下させる危険性があることも説明しました(コラム 誕生日で運命が変わる?有能感との関連)。
それでは他者と比較するのは良くないことなのでしょうか。他者と自分をどのように評価することが有能感や動機づけにつながるのでしょう。
だれと比較する?
他者と自分を比較する社会的比較は大きく分けると2つに分類できます。
まず、自分よりも望ましい状態にない相手との比較を下方比較といいます。この下方比較は主に自己評価を高めたいときに行われます。そのため、自己評価に脅威があるときや、有能感が低下しているときに下方比較は行われやすいです。例えばガン患者を対象とした調査では、自分よりも状態が悪い人と比較する傾向があり、「他の患者に比べれば自分は幸せだ」と考える患者が多いことが示されました(Wood er al., 1985)。このように心の平穏を保つために下方比較は重要な機能をもっているようです。
また先述の「小さな池の大きな魚効果(コラム 「井の中の蛙」が大成する可能性 参照)」において、レベルの高くない環境で有能感が上がり動機づけやパフォーマンスが増すケースは下方比較によるものといえます。しかし、先ほどのガン患者の例から「自分も(比較対象の人のように)もっと悪くなってしまうかもしれない」と自己評価を下げてしまう可能性も指摘されています。
一方で自分よりも望ましい状態の他者と比較することを上方比較といいます。上方比較では自分の劣っている部分に直面して自己評価を下げ、有能感や動機づけの低下をもたらす可能性があります。しかし、自分を高めたいという志向をもつ人が上方比較を行う場合、優れた相手をポジティブなモデルとして捉えることで、動機づけやパフォーマンスが高まる可能性が示されています(三和,2017)。つまり優れた他者を積極的に成功モデルと捉えることはモチベーション向上につながるといえます。
このように下方比較も上方比較も、自己評価を下げるネガティブな危険性があるといえますが、モチベーションに対してポジティブに働く可能性もあります。
親友の成功は誇らしい?嫉妬する?
他者の成功が自己評価にもたらす影響を整理したものに自己評価維持理論があります(Tesser, 1984)。自己評価維持理論では、人間には自分に対する肯定的な評価を維持しようとする動機があり、自尊感情や有能感に脅威を与える事象をいかに処理するかをモデル化しています。
自己評価維持理論では自己の評価に影響を及ぼす要因として、①自分と他者の心理的距離(近接性)、②課題や行動の自己関連性(重要度)、③他者の遂行レベルの3つをあげています。自分に近い他者は遠い他者よりも、自分にとって重要な課題はそうでないものよりも、他者が優れたレベルで遂行した場合はそうでないときよりも、自己評価に大きな影響を与えます。そして自分と他人を比較するとき、2つの過程が生じるとされています。
ひとつは比較過程です。自分にとって重要度の高い事柄について、他者が優れた成果を達成したとき、その他者が心理的に近いほど、自己評価は脅威にさらされ、有能感や自尊感情は低下の危機にあり、嫉妬やフラストレーションが生じることになります。例えば自分と同じ部活の親友が試合で活躍した場合などは、悔しさが生じて有能感や自尊感情が傷つくことになります。
比較過程によって自己評価に脅威が生じるとき、われわれは次のような処理を行います。
① 「自分とは別の存在」と、成功した他者との心理的距離を広くとる(近接性の調整)
② 「この競技は自分にとってそんなに価値が無い」と、課題の自己関連性を低くする(重要度の調整)
③ 「たいした結果ではない」「たまたまだ」と、他者の成果を低く見積もる(遂行レベルの調整)
このとき、②重要度の調整が行われてしまうと、その課題への動機づけやパフォーマンスが下がってしまう可能性があります。また①近接性の調整が行われてしまうと、親友との心理的距離が離れてしまい、これも望ましいことではないでしょう。このようなときは、その友人の成功と自分の遂行は別のものと切り替えられるのが望ましいといえます。社会的比較ではなく過去の自分との比較(継時的比較)を行い、自分がどれだけ成長しているかに意識を向けることが動機づけの維持において重要となります。
もうひとつは反映過程です。自分にとって重要度が低い事柄について、他者が優れた成果を達成したとき、その他者が心理的に近いほど、その成功を誇らしく感じ、自分の評価まで高くなったような感覚を生じます。もしくは自分にとって重要度が高い事柄について、他者が優れた成果を達成したとき、その他者が心理的に遠ければ、同様に自己評価を高める傾向にあります。例えば親友が自分とは関連の薄い競技で活躍した場合や、会ったこともない同年代の選手が優れた成績を残した場合などは、自分のことのように喜ばしく感じることがあります。これは先述の上方比較によるポジティブモデル化につながります。
これらの知見から次のことがいえます。まず第一に、自分の自己評価が低い時は、自分よりも望ましい状態にない人と比較することで「自分なんてまだまだ大丈夫」と心を安定させる傾向があります。第二に、それほど近くない優れた他者は自分が成長するための参考として、ポジティブな成功モデルとして捉えるのが良いでしょう。第三に、心理的に近い他者が成功したとき、有能感は揺らぐかもしれません。しかしそんな時は過去の自分との比較に意識を向けて、自分の成長を実感できると良いでしょう。
どうしてもわれわれは他者と比較してしまう傾向があります。しかし、「どんな時に」「誰と」比較するかを制御することで動機づけを管理することはある程度は可能となりそうです。
【引用文献】
三和秀平・外山美樹・長峯聖人・湯 立・相川 充 (2017). 制御焦点の違いが上方比較後の動機づけおよびパフォーマンスに与える影響 教育心理学研究, 65, 489-500.
Tesser, A.(1984).Self-evaluation maintenance processes: Implications for relationships and development. In J. C. Masters & K. Yarkin-Levin(Eds.),Boundary areas in social and developmental psychology. New York: Academic Press. pp. 271-299.
Wood, J. V., Taylor, S. E., & Lichtman, R. R. (1985). Social comparison in adjustment to breast cancer. Journal of Personality and Social Psychology, 49(5), 1169–1183.
執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ)
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。
主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究
執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)
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