すぐに気が散ってしまい学習の持続ができない場合もあれば、ひとたび学習を開始できれば長時間の集中ができる場合もあるでしょう。後者のような場合でも、なかなか学習開始する「やる気」が起こらず、着手までに長い時間とエネルギーを必要とする人もたくさんいると思います。学習開始後に「やる気」を高い状態で維持することも重要ですが、いかにして学習を開始させるかの「やる気」もまた重要といえます。

前回のコラムでは、「やる気」をコントロールする方略を正しく認識することが重要だと述べました。そこで今回のコラムでは、「やる気」をコントロールする方略に関して、心理学的な知見からご紹介します。

どうやって学習開始するか

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「やる気」をコントロールすることを動機づけ調整とよびます。もう少し詳しく定義づけをすると、特定の活動や目標を達成する意思をスタートしたり、維持したり、強くしたりする行為のことをさします(Wolters, 2003)。例えば気分転換してみたり、別の場所に移って作業をしてみたり、終わった後のことを考えてみたりなど、「やる気」をコントロールするための方略全般のことをさします。この動機づけ調整の方略を正しく行えば、学習努力量が増加し、結果として学業成績も向上すること明らかになっています(Schwinger, Steinmayr, & Spinath, 2009)。逆に、良くない動機づけ調整の方略を行うと、効果が無かったり逆効果となったりする場合もあります。

 

それでは、どのような方略をとると良いのでしょうか。赤間(2015)は行動開始の動機づけ調整に着目し、どのような方略をとると行動開始時の動機づけに良い影響が生じるか検討しています。

赤間(2015)は大学生を対象に、「やる気」が起きないときにどのようにして「やる気」を出したり行動を起こしているか尋ねました。その回答結果をもとに「やる気」がないときの行動開始方略を5つに分類しました。それが表1のとおりです。

表1 行動開始時の動機づけ方略

方略の種類   
価値づけ方略 

(行動が)自分のため、将来の目標のためだと考える

行動する理由を考える。

自己報酬方略 

終わった後にできる楽しいことを考える。

終わった後の自分にご褒美を考える

想起方略

やらなかった場合にどうなるかを考える。

やらないと後悔する自分を想像する。

欲求解消方略 

休憩を取ってから始める

やりたいことを先にしてから始める。 

社会的方略 

友達と一緒にする。

友達に励ましてもらう。 

注:(赤間2015)より作成

そして分類された方略が動機づけとどのように関連しているかを調べています。それによると、まず価値づけ方略は内発的・外発的動機づけと関連が強く、「自らを成長させたい」とする熟達目標意識の高さとも強い関連がみられました。また、罰想起方略は外発的動機づけと関連が強く、さらに「なりたくない自分にならないようにする」といった熟達目標意識の高さと関連がみられました。一方で他の3つの方略は、動機づけや目標意識と弱い関連、もしくは無関連でした。

 

この結果から、学習開始の「やる気」を出す方略は、学習した場合/しなかった場合の未来の自分を強くイメージすることが有効と考えられます。学習後の報酬を用意したり、行動開始を先延ばしにする方略は、「やる気」にそれほど影響がみられないかもしれません。すなわち、生徒・子ども・部下の学習開始を促したいときなどは、自身の学習後のイメージを強く想起させることが「やる気」向上に有効といえそうです。

動機づけ調整方略とストレス

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先述のとおり動機づけ方略は学業成績にも影響するため(Schwinger, et al. , 2009)、どのような方略で「やる気」を出すかは大きな意味をもつといえます。それに加えて動機づけ方略は学業成績だけではなく、学習ストレスにも影響を与えることが明らかになっています。当然、学習時のストレスは高いほど学習意欲が下がり、学業成績にもネガティブな影響が生じます。動機づけ方略と学習ストレスはどのような関連にあるのでしょうか。

 

伊藤・神藤(2003)は中学生を対象に、教科学習の動機づけ維持方略を調べ、学習ストレスとの関連を調べました。中学生の教科学習における「勉強するときは思いっきり勉強して、遊ぶときは思いっきり遊ぶ」といった”めりはり方略”は、学習ストレスと負の相関がみられ、ストレス低減が示唆されました。一方で「得意なところや好きなところから勉強する」「あきたら別の教科を勉強する」といった”負担軽減方略”や、「音楽を聴きながら勉強する」「勉強の合間に趣味や楽しいことをする」といった”ながら方略”は、学習ストレスと正の相関がみられ、学習ストレスが増すと示唆されました。さらに、”めりはり方略”は内発的動機づけの高さとも正の相関がありましたが、”負担軽減方略””ながら方略”は内発的動機づけの高さと関連がない、もしくは逆効果となっていました。

 

これらの結果から、「やる気」を維持させるための動機づけ方略には、逆効果となっているものもありそうです。学習時は時間や内容にめりはりをつけることで、学習ストレスを低減し、「やる気」も高く維持できそうです。一方で、ひとつの事柄に集中せず学習を行うと、逆にストレスが増して「やる気」にも悪影響が生じそうです。子どもに学習を指導する際は、学習することをひとつに決めて、集中する時間を区切って行わせるほうが良い成果を期待できそうです。

 


【引用文献】
赤間健一(2015).動機づけ始発方略尺度の作成 心理学研究 86,445-455.
伊藤崇達・神藤貴昭(2003).中学生用自己動機づけ始発方略尺度の作成.心理学研究,74,209-217.
Schwinger, M., Steinmayr, R., & Spinath, B. (2009). How do motivational regulation strategies affect achievement: Mediated by effort management and moderated by intelligence. Learning and Individual Differences, 19, 621–627.
Wolters, C. A. (2003). Regulation of motivation: Evaluating an underemphasized aspect of self-regulated learning. Educational Psychologist, 38, 189–205.

 

 

・モチベーションの心理学(1)目標設定で「やる気」が変わる?

・モチベーションの心理学(2)他者の「やる気」をコントロールする難しさ

 

 

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執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 

執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

 

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