これまでのコラムでは学習に対してどのような意識や目標をもつかが「やる気」に影響することを述べてきました。さらに今回は学習に対してどのような信念をもつか、つまり個人の学習観の違いが学業成績にどう影響するかをお伝えします。特に英語学習において重要な学習観とはなにか、心理学の研究知見をまとめます。

学習観と学習方略

2643879これまでの教育心理学の研究から、学習者のもつ学習観によって学業成績に直接的にも間接的にも影響をもたらしていることが明らかになっています。ここでの学習観とは「どうすれば学習が効果的に進むのか」や「学習はどうやって起こるのか」といった学習成立に関する信念のことを指します。植木(2002)は高校生を対象とした調査から、学習観を「方略志向」「学習量志向」「環境志向」の3つに分類しています。「方略志向」は学習方法の工夫などに着目し、いかに要領よく学習していくか重視する傾向をさします。「学習量志向」はとにかく学習時間や勉強量を積み重ねることが効果をもたらすという信念傾向をさします。「環境志向」は例えば先生や塾、教材やクラスメイトなど、環境の違いが学習効果に影響するという信念傾向をさします。

 表1 学習観の3パターン

方略志向 学習の方法や効率を重視する
学習量志向 学習時間や量を重視する
環境志向 学習環境の整備を重視する

注:植木(2002)より作成

植木(2002)によると、「方略志向」や「環境志向」が高い、いわゆる学習量ではなく効率よく学習できる工夫や環境を重視する生徒は、学習課題を丸暗記するのではなく、既存の知識と関連付けて学習する傾向(精緻化方略)が強いことがわかりました。また、「方略志向」が高い生徒は、自分の理解状況を把握することを重視して学習を進める傾向(モニタリング方略)も強いとされています。

 

つまり生徒の学習観の違いによって、得意とする学習方略が異なっているといえます。このことから学習指導を行う際は、さまざまな学習観をもつ生徒がいることを理解し、適切な方略を選んで指導を行う必要があるといえます。

数学学習の例


数学2学習観と学習方略の関連について、廣瀬・中本・蛭田(2012)の数学学習を題材とした研究を紹介します。数学学習観は先述の「学習量志向」と、公式や法則などの意味を理解しようとする「意味理解志向」に分類できました。「意味理解志向」の高い学生は、さまざまな学習方略を用いて理解を深めている傾向がみられました。一方で「学習量志向」をもつ学生は、暗記重視の単純な学習傾向がみられ、数学の公式などに対して強い困惑がみられる傾向にありました。

この結果から、数学の成績向上には「学習量志向」よりも「意味理解志向」の学習観をもつことが重要といえそうです。学習指導の際は、いかに生徒の学習観を形成するかが後の学業成績にも影響してくると考えられます。

英語学習と学習観
744367英語学習では学習観が成績にどのように影響がしているのでしょうか。赤松(2017)は高校生を対象に英語学習観と学業成績の関連について調べています。赤松(2017)は「学習量志向」「方略志向」に加え、英語教科特有の学習観として「伝統志向」「活用志向」を挙げています。「伝統志向」は「英語を学習することは主に文法や単語をたくさん覚えることである」といった文法や翻訳を重視した旧来的な英語学習志向のことをさします。一方で「活用志向」は「間違いを恐れずに実際に英語でしゃべることや、ネイティブの人が話す音声を聴くことが重要」といったリスニングやスピーキングも視野に入れた英語学習観をさします。

 

これらの学習観と学業成績の関連をみると、「活用志向」は学業成績に対して正の影響がみられました。一方で伝統志向は学業性背に対して負の影響がみられました。つまり、実際に聞いたり話したりすることが英語学習に重要という信念は、英語の学業成績にプラスに働いていたといえます。また「活用志向」をもつ生徒は、英語学習においてイメージ化や音声記憶を重視する学習方略をとっており、これらの方略が学業成績に効果的であったことも示されました。

現代では2006年の大学入試センター試験でリスニングテストが導入されるなど、英語学習の「聴くこと」「話すこと」の重要度が増しています。学校場面だけではなく社会全体においても、通信インフラの進化などによって、求められる英語運用能力が変化してきました。ひと昔前とは異なり現代では、音声機器の発達やインターネットを通じたネイティブスピーカーとのアクセス簡易化によって、会話を重視する英語学習が主流となりつつあります。英語学習指導において、テキストベースの伝統的学習だけではなく、新しい英語活用を視野に入れた学習観を生徒にもたせる教育が今後重要となりそうです。

【引用文献】
赤松大輔 (2017). 高校生の英語の学習観と学習方略, 学業成績との関連 —学習観内, 学習方略内の規定関係に着目して— 教育心理学研究,65,265-290.
廣瀬友介・中本敬子・蛭田政弘 (2013). 数学学習における学習観と学習方略の関係—大学生を対象とした分析 文教大学教育学部紀要, 46, 45-56.
植木理恵(2002).高校生の学習観の構造 教育心理学研究,50,301-310.

 

 

 

prof tanno 0507トリミング

執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 

執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

・モチベーションの心理学(1)目標設定で「やる気」が変わる?

・モチベーションの心理学(2)他者の「やる気」をコントロールする難しさ

・モチベーションの心理学(3)「やる気」をコントロールする方略

 

 

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