海外に事務所を構えたばかりの日本企業にとって、ちょっとした事務仕事を手っ取り早く誰かに手伝ってほしいといった場面はよくあることだろう。ドイツではこのような場合に「ミニジョブ(Minijob)」と呼ばれる雇用制度がある。今回はドイツのミニジョブの形について紹介し、そのメリット・デメリットについても論じてみたい。
そもそもミニジョブとは?
ミニジョブとは給与額や、労働日数に予め制限が設けられている雇用形態であり、以下のような二つの形態がある。
<450ユーロミニジョブ>
文字通り、月額給与額が450ユーロ以下で就労する。この範囲において週に何時間働くかは問われない。年間を通して従事する場合は5,400ユーロが上限となる。
<短期ミニジョブ>
年間に最長3カ月、または累計70日間の勤労日が許可される。450ユーロミニジョブと異なり給与額に上限がない。
被用者の権利
最低賃金や休暇など通常の労働者と同様の労働の権利が認められる。一方、労災保険は適用されるが、その他の社会保険(医療・介護保険、失業保険)は適用されない。医療・介護保険ついては自らケアする必要がある。ミニジョブでは所得税がかからず、会社と折半すべき社会保険料の負担もない。年金保険については、2013年からミニジョブ労働者も原則加入とし、総収入の3.9%を年金として納めることになったが、雇用者に文書で適用除外を申請すると免除される。
ミニジョブにも適応される現在の最低賃金レベルだが、2022年1月以降、1時間あたりの最低賃金は9.82ユーロ、7月1日からは 10.45ユーロ、そして10月以降は12 ユーロにまで段階的に引き上げられる。これに伴い2013年以降長らく450ユーロであったミニジョブの上限額も10月からは540ユーロに引き上げられる予定である。
医療保険についてはドイツでも家族加入があり、ミニジョブのみ行う場合は被扶養者として加入を維持することができる。しかし家族加入が認められる収入範囲はドイツではかなり低く設定されている。例えば、フリーランス、自営業での収入が月額で445ユーロを超えると、最低でも毎月約180ユーロの保険料を追加徴収されることになる。自分で保険に加入すると、最低でも月々153,53ユーロの保険料を支払うことになる。月々500ユーロ程度の所得に対してだと、何のために働いているのかわからないということになるだろう。
雇用者の義務
一方、雇用側の被用者に対する社会保険料負担は免除されない。450ユーロミニジョブの雇用者は毎月、ミニジョブの被用者に支払う給与額の最高で31,28%を、社会保険料としてミニジョブセンター(Minijob-Zentrale)に納める。その内訳は、年金保険(15%)、健康保険(13%)、賃金税(2%)、賦課金(最高で0.99%)となっている。このほか、雇用者は所属の職業組合に対して労災保険の保険料を納める義務がある。この保険料負担のシステムは450ユーロミニジョブに独自のもので、毎年更新されている。
短期ミニジョブでもミニジョブセンターに登録する必要があるが、ここでは社会保険料の納付義務はない。雇用者は約1%の賦課金を納付する義務があるのみである。ただし、賃金税が課税されるので、雇用者は各被用者の源泉徴収税額表により算出、もしくは給与から一括25%を天引きし、事業所所在地の税務署で申告、納税する。また、職業組合に対する労災保険料も支払う。
統計
では、現在ドイツではどのくらいの人たちがこの制度を利用しているのだろう。ここからは主に450ユーロミニジョブについて、統計を見ていこう。
経済社会学研究所(WSI)によれば、2020年6月末時点でミニジョブの就労人口は710万人弱であったという。そのうち約440万人がミニジョブのみで就労しており、これは15歳から64歳までの職業訓練中の者を除いた人口(コア就労者)の約12%を占める。ミニジョブのみの就労者のうち約6割が女性である。副業としてミニジョブをしている者では、若干性別差が縮まり、55%が女性、45%が男性である。
調査がスタートした2004年と2020年との比較で、ミニジョブのみで働いている女性は21%減少した。代わりに自ら社会保険料を負担する就労、例えばフルタイム正社員として働く女性は同じ時期に30%増加しているという。男性の場合、女性ほど変化は大きくないが、それでも2004年と2020年比較で、社会保険料を負担する就労形態は24%増加したという。
コロナ禍がミニジョブ市場に与えた影響は大きい。2019年6月末から2020年6月末の間だけでも、全国で約516,000人のミニジョブ雇用が失われた。そのうち、約386,100人までが、ミニジョブの他に就労口を持たない従業員であったという。
メリット・デメリット
この労働形態のメリット・デメリットはどのようなところにあるのだろうか。
雇用者側のメリットはなんといっても会社の忙しさに応じて、柔軟に人材を確保できる点にあるだろう。特に中小企業の場合、発注があるとすぐに既存のキャパシティをオーバーしてしまう。かといって、市場や受注の見通しが不安定で、フルタイムの雇用に踏み切れない場合が多い。日本よりも雇用契約に重きが置かれるドイツでは、募集、契約、試用期間などそのプロセスも長い。被用者側のメリットは賃金税がかからず、社会保険料の支払いが免除されている点である。限られた時間でカジュアルに働きたい人に向いている。
しかしながら、ミニジョブについては社会的なリスクを指摘する声も大きい。雇用に対してフレキシブルでありたい経営者は1人のフルタイムを雇用するよりも、複数のミニジョブで需要を埋めようとする。経営がうまくいっている時は良いのだが、景気が悪くなるとこの制度の構造的な問題が露呈する。コロナ流行時はまさにこれに該当した。ホテル、飲食店などがロックダウンした時、真っ先に雇用を打ち切られたのはミニジョブの従事者らであった。
実はミニジョブは雇用主にとって割高な雇用形態なのである。通常、雇用主は被用者の所得の約20%を税金、保険料として負担するが、ミニジョブではこの割合は30%以上である。働く側は失業手当もなく、時短労働手当(註)も受け取れない。そして、長期的には老後の生活を保障する年金を受け取れないリスクもある。
もう一つ、ある団体協定の賃金が上がったとしても、給与は450ユーロの上限を下回らなければならないという問題がある。時給が上がれば、必然的に労働時間を削るしかない。そうすると同じ人手で仕事が回らなくなってしまう。ドイツは長期的に人手不足の状態が続いており、人探しも容易ではない。2021年にはクリーニングの分野で複数企業がミニジョブ制度の廃止を訴えた。
さらにミニジョブの形態を唯一の働き口とする層として、最も多いのが主婦・主夫であるという事実がある。彼らは失業者(11%)、年金生活者(22%)、学生(20%)よりもこの形態を利用する傾向がある(35%)。そしてこのうちの97%以上が女性である。ドイツでは1ヶ月450ユーロで生活することはできないので、彼らは世帯主の収入で生活しているケースがほとんどである。
つまり、子どもや家族の世話をしつつ女性が限られた時間で働くという労働実態が浮かび上がる。女性がミニジョブで働き、同時にパートナーがフルタイムで働くことは、相補的で一見良い選択であるように見える。しかし、これは最終的に女性にとってのリスクになることが多い。彼らはパートナーへの経済的依存度が高く、その稼ぎがなくなった場合の経済的リスクを抱えている。WSI研究所では、長期的には自立した保障、特に女性のための老齢保障の拡大を阻む制度的な弊害であると見ている。
こうした学びから2019年以降、月額450ユーロから1,300ユーロまでの追加収入が低い保険料のままで可能となった。いわゆる「ミディジョブ」は時短労働の対象となるため、コロナのような危機的な状況でも一定期間は解雇されず、収入を確保できる。結果、より危機に対処した制度となっている。
まとめ
今回はドイツのミニジョブ制度についてまとめた。必要に応じて需要を補えるミニジョブの形態は雇用側にとって便利な制度である。しかし、こうした制限的な就労形態が持つ社会的な問題についても最低限、頭の片隅においておくべきだろう。
また女性をめぐる労働環境については、既視感を覚えるほど日本の状況に似ていて驚いた。日本よりも女性の社会進出、男女平等が進んでいるドイツでも試行錯誤の途中なのだ。新しい「ミディジョブ」の概念など、社会保障負担の義務化と収入のバランスを考えた新しい施策など、日本も参考にできる部分があるのではないだろうか。
註 「時短労働(Kurzarbeit)」
制度の基本として、雇用側が時短労働を申請すると、雇用側は従業員に対して就業時間の出来高で給料を支払うことができる。従業員側は就労時間を減らされたことにより生じる減給分を国(管轄は労働局)から充当される。給与は正常時の60%になるように調整される(子供がいる世帯は67%)。コロナ禍においては、通常12ヶ月までの支給期間が24ヶ月に延長されており、最長で2021年末まで受給ができるようになっていた。時短労働はドイツの社会保障制度として組み込まれたものであり、大量失業者を未然に防ぐとともに、経営者の人件費負担を軽くできる。
<出典>
連邦政府:「12ユーロ最低賃金: 百万人の賃上げ」
https://www.bundesregierung.de/breg-de/aktuelles/12-euro-mindestlohn-2006858
連邦保健省:「保険料」
https://www.bundesgesundheitsministerium.de/beitraege.html
経済社会学研究所WSI (2021): 「唯一の就労としてのミニジョブ2004年-2020年」
https://www.wsi.de/data/wsi_gdp_ea-verhaeltnis-03.pdf
Die Zeit Online: 2021年5月18日「ミニジョブの破綻」
執筆者:三宅 洋子(みやけ・ようこ)
CEO, Miyake Research & Communication GmbH
留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。
Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
株式会社ジェイシーズ https://j-seeds.jp/
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