日本企業の海外展開をサポートする株式会社ジェイシーズの田中秀彦氏に、ご自身の海外駐在歴20年におよぶご経験をお話しいただくシリーズの4回目。今回は、「グローバルビジネスにおける採用について〜インドの採用経験から」というテーマでお届けします。

 

インド人とビジネスを行う際に感じた難しさ
india私はこれまで欧州、アジアにおいて新規、中途採用面接を数百名にわたり実施してまいりましたが、その中でも特にインドの事例を挙げて注意点等について述べたいと思います。

まず、何ゆえインドを取り上げたのかと言うと、商取引の観点からインド人が一番厳しいと考えたからです。一般的に、商談相手として厳しいのは華僑やユダヤ人だと言われますが、中国での商談を振り返ると、時間をかけて築いた人間関係は、ときに損得を越えた判断が成されたりもしました。イスラエルでの商談も厳しいものでしたが、お互いの言い分を客観的に分解し、理解すれば同意が得られ、合意することができました。

しかし、インドの場合は「合意を得た」と思っていても、想定外の理由で「合意した」はずの商談が覆されたりすることがありました。インドより西は華僑が、東は印僑が支配しているとよく言われますが、中東の営業を担当していた頃は、トップは現地人が務めるが、実務のトップはインド系である場合が多く、心身共に疲弊することが多かったように思います。したがって、これら厳しい商談の経験から、私がインドでゼロから会社を立ち上げた際、またインドでの現地採用を行った際は非常に気を遣いましたので、極端な例と思われるかも知れませんが、何か参考になればと思います。

本内容はあくまで私自身の経験にもとづくもので、特定の人種や民族についてすべてが当てはまるものではありません。また、法律や習慣などは現時点で変更になっていたり、変化していたりする点もあろうかと思いますので、ご承知おきください。

人材募集とJob Descriptionの重要性、書類選考
resume人材募集には新聞、人材派遣会社、取引先、知人の紹介など様々な方法がありますが、最初は主に人材派遣会社を活用しました。新聞広告で募集をかけるとあまりにも多くの応募があり、効率が悪いため、人材派遣会社に審査をしてもらい応募者を厳選し、採用面接を行いました。それでも応募は多いのですが、応募条件は給与レベル、どのような資格、能力を求めるかを明示し、必要とする人材に限ることである程度の絞り込みはできました。

 

また、採用後のトラブルを避けるためにもJob Description(担当業務の明確化)はインドでも不可欠です。日本の場合はそれぞれの業務範囲を超え、その境目はお互いがカバーするという傾向にありますが、欧米同様にインドも契約社会で、業務分掌に書いてあることが仕事の基本です。明文化されていない業務を依頼する場合には追記する必要があり、給与の見直しが必要となる場合もあります。

採用が決まっても、試用期間において適宜、面談、評価をし、正式採用の条件を満たしているかをお互いに確認する必要があります。試用期間中は正式採用されるために特に頑張っているので、後々慣れれば良くなるだろうなどと言う期待は通用しません。そのため、期待はずれの場合には、「何が期待通りで無く、どこをどうして欲しいか」を具体的に明示する必要があります。

書類選考では、過去の業務経験(新卒の場合は専攻)などを見るのは勿論ですが、私自身の経験ではパソコンのスキルにOSなどと書いている者はそれだけで除外しました。SE(システム・エンジニア)などの分野であれば別ですが、事務系の場合はそのようなスキルは不要です。こうした記載がされている場合、多くはソフトを知っているという以上の意味は無く、実際はエクセル、ワードさえ満足に使えないケースが大半だったからです。

インド人を面接する
面接官書類選考後の面接では、本人の資質を問うために過去の経歴、どのように会社に貢献できるかといった基本的な質問は勿論、会社のホームページなどを通じて当社に何を感じ、どういった点に可能性を感じたかを聞くように努めました。これは、第三者に、自分の会社がどう見られ、どこに可能性があると感じるかを知る意味でも有効でした。また、今までで一番の危機そしてそれをどのように克服したか、将来の夢について、といった質問では、その人の度量を理解するのに役立ちました。

自分の長所、短所について聞いたこともあります。長所は留まることを知らず、短所はと聞くとしばらくしてきっぱり「無い」と答える者が多かったです。長所は見方を変えれば短所となり、その逆も成立するわけですが、この質問を面接の都度続けた結果、短所は「無い」、「あったら直している」、「短所が無いのが短所だ」といった答えが9割以上を占めました。この質問を通じて、インド人のどこまでも前向きで自信に満ちあふれている国民性を感じました。また、このように何か気になったことは、続けて他の面接者にも聞くことにより、理解が深まったり、自分の考えの裏付けが取れたりもしました。

日本では採用面接で家族構成を聞くことは厚生労働省の「公正な採用選考の基本」というガイドラインに抵触しますが、インドでは当時そのようなことはありませんでした。その人物を知るのに、家族構成やそれぞれどのような仕事をしているかを聞くことは有用でもありました。特に若い独身男性の場合は結婚の予定を聞くと多くの場合が「予定あり」と回答します。しかも、「何年何月の予定」と答えながら「相手は親が選ぶので知らない」という答えが多かったです。カースト制度が残り、身分が同じ者どうしで結構するため、お見合い比率が8割以上と言われるインドの特徴と言えるかと思います。

カースト制度下では身分によって就くことができる仕事は限られていますが、外資系企業には例外が多いです。ホテルなどに滞在すると気付かないと思いますが、受付のある企業の大半は男性が受付係を務め、お茶くみ、掃除といった仕事も男性の占有率が高いです。話はそれますが、仕事に男女差をつけるべきではありませんが、90年代に香港で働いていた頃、人事、経理、総務といった管理系職種のマネージャーの女性比率が高いことに驚いたことがあります。一緒に働くと管理能力の高さと几帳面さには多くを学びました。

インドでの採用から学んだ海外採用での注意点
チェックシート
国際会議でインド人を黙らせ、日本人にいかに発言させられるかが議長の腕の見せどころなどと冗談で言われたりしますが、海外での採用はその国民性も理解し、尊重しつつも、時間、予算など必ず守るべきものは何かを伝え、実施することが重要です。インドの経理担当者は、「取り立ては厳格に、支払いは如何に遅らせるかが能力の見せどころ」と言われたりもしますが、決めたルールは守らせるよう指導することが必要でした。自分が守れば相手も自ずと守るようになる、といった性善説的な考えは通用しないと実感しました。

インドに限ったことではなく、人の採用はその人の人生を大きく変える可能性があり、また、会社の運命をも変える可能性があります。そのため、採用条件、目的の明確化、お互いが理解、納得することが何よりも大切だと思います。採用があれば、転職、退職は必然で、それらについても常に対応する準備も重要と考えています。

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2106 プロフィール画像|h-tanaka02

著者:田中 秀彦 (たなか・ひでひこ)
株式会社ジェイシーズ 取締役CMO 海外事業展開・戦略コンサルタント
大手精密・光学機器メーカーNikonにおいて、30余年にわたり海外ビジネスに従事する。この間、ドイツ、英国、香港、シンガポール、インド、タイなど、20年以上を海外で過ごし、特にドイツ、英国、インド、タイでは現地法人のマネジングディレクター(社長)を務めた。営業、マーケティング、事業企画といった領域を本職とするも、中国工場の設立や、インド法人をまったくのゼロベースからたった独りで立ち上げるなど、業務領域の垣根を越えた多彩でタフな一面を持つ。2017年6月より株式会社ジェイシーズに参画。豊富な見識と広範なネットワークを活かし、日本企業の海外展開を支援している。

 

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