子どもや児童の「やる気」を高めるために、ごほうびを設定することはありませんか?ごほうびは行動を促進するための簡単な方略として広く使われてきました。それでは、ごほうびには本当に「やる気」を高める効果があるのでしょうか。
これまでの「モチベーションの心理学」コラムでは、主に心理学の領域で検証されてきた動機づけを調整する方略について紹介してきました。今回は動機づけの理論から、学習の促進にごほうびが有効かどうかを検討していきます。
外発的動機づけと内発的動機づけ
心理学では「やる気」のことを主に動機づけ (motivation)という用語で扱います。そして動機づけは「外発的」と「内発的」に分類して検討がされてきました。外発的動機づけとは、ある行為が外的な目的を達成するための手段であり、目的達成や失敗回避のために発生する「やる気」のことを指します。一方で内発的動機づけは、その行為自体が目的となっており、自発的に発生する「やる気」のことを指します。勉強で例えますと、「内容がとても面白いからもっと勉強したい」といった場合は、その勉強自体が目的となっていますので内発的動機づけが高い状態といえます。
すなわち学習における内発的動機づけは「自ら学ぶ意欲の高い状態」つまり「ごほうびがなくても学習を続けられる状態」と捉えることができます。一般的に内発的動機づけの高い状態では、外発的動機づけの高い状態よりも、学習成果やパフォーマンスも高いことが知られています。そのため、旧来の教育心理学ではこの内発的動機づけを高めることが学習行動を促進する上で重要と考えられていました。
自己決定理論
Deci & Ryan(1985)は動機づけ研究を包括化し、自己決定理論(self-determination theory)を提唱しました。自己決定理論では「無動機(動機づけがない)」「外発的動機づけ」「内発的動機づけ」といった段階がそれぞれ独立ではなく、自己決定性(自律性)のレベルに応じて連続的に並ぶと捉えました。自己決定性(自律性)とは、自身の行為やその成果が自分自身から派生している、もしくは自己に深く関与している度合いをさします。この自己決定性が高い状態ほど、動機づけが内発的で行動も促進されるとされています。
そして自己決定理論では、外発的動機づけの状態を自己決定性の高さから「外的調整」「取り入れ調整」「同一化的調整」「統合的調整」の4つに分類しています。
・外的調整:もっとも外部的な目的があり、自己決定性の低い動機づけです。行為の結果として得られる報酬や、行為を行わないことで生じる罰を回避するために行動する状態をさします。
(例:勉強したらおこづかいがもらえる、テストで悪い点をとったら叱られる)
・取り入れ調整:やや外部的な目的があり、自己決定性のやや低い動機づけです。不安や自尊心に関連しています。行為の成果によって社会的承認を得たり、恥を避けたいといった背景から生じる行動状態です。
(例:試験に合格して良い評価を得たい、テストで悪い点をとって恥をかきたくない)
・同一化的調整:やや内部的な目的があり、自己決定性のやや高い動機づけです。その行為の価値や重要性を認知しているために行動を起こしている状態をさします。
(例:この教科は将来必ず役に立つのでしっかり勉強しなければならない)
・統合的調整:内部的な目的があり、自己決定性のかなり高い動機づけです。その行為が自分の価値観と合致している状態をさします。
(例:勉強を毎日するのは学生として当たり前だからしているだけ)
このように外発的動機づけもいくつかの段階があり、それぞれ期待されるパフォーマンスも異なります。また、動機づけの元となる要素も異なるため、それぞれの段階で動機づけを高めるために有効な事項も変わってきます。
ごほうびは逆効果?
それでは、ごほうびを用意することは動機づけを高めることに繋がるのでしょうか?
結論から言いますと、「動機づけの弱い(無い)状況だとごほうびは有効」、しかし「動機づけの強い状況だとごほうびは逆効果になりうる」といえます。
もう一度、上記の表をご覧ください。外的調整では「報酬・罰」が行為を強化する要因となっています。つまり、動機づけのない状態から行動をスタートさせるためには、ごほうびや罰が有効な要素となるといえます。ところが内発的動機づけの高い状態、すなわち「その行動自体が目的となっていて自発的行動が活性化されている状態」のとき、外発的な報酬が発生すると内発的動機づけが低下することが指摘されています(e.g. Deci, 1971 )。これをアンダーマイニング効果といいます。
Lepperら(1973)はお絵描きが好きな園児(=絵を描く内発的動機づけが高い)を対象に、次のような実験を行いました。園児に「絵が上手に描けたらごほうびとして賞状をあげる」と予告し、園児が絵を描いた後に賞状を渡しました。するとその後、その園児たちは賞状を渡すことを伝えないと絵を描く動機づけが下がりました。つまり、もともとは内発的動機づけが高く自発的に絵を描いていたのに、賞状というごほうびがないと絵を描く「やる気」が出なくなったのです。
したがって、ごほうびは動機づけの弱い状態では有効かもしれませんが、もともと動機づけの高い状態では逆効果になる可能性があります。児童や生徒の動機づけの状態をよく把握した上で、ごほうびの有無を検討する必要があるでしょう。
【引用文献】
Deci, E. L. (1971). Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation. Journal of Personality and Social Psychology, 18(1), 105–115.
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic motivation and self-determination in human behavior. New York: Plenum Press.
Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E. (1973). Undermining children's intrinsic interest with extrinsic reward: A test of the "overjustification" hypothesis. Journal of Personality and Social Psychology, 28(1), 129–137.
執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ)
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。
主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究
執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)
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