前回のコラム(ごほうびは効果あり?それとも逆効果?)では動機づけを包括的にとらえた自己決定理論を紹介しました。このコラムでは自己決定理論の関連研究から、学習を習慣化する方略について検討していきます。

動機づけを高めるための3要素
自己決定理論(self-determination theory)はDeci & Ryan(1985)が提唱した理論です。動機づけを「無動機(動機づけがない)」「外発的動機づけ」「内発的動機づけ」といった段階に分類し、自己決定性(自律性)のレベルに応じて連続的に捉えています。自己決定性が高い動機づけほど、行動頻度も高くパフォーマンスも良いと考えられてきました。


自己決定理論また自己決定理論では、自律性・有能感・関係性の3つの欲求が満たされることで、質の良い動機づけが維持され、パフォーマンスが促進されるとしています。

・自律性:自分が主体的に行動し、自分で決定・統制したい欲求
・有能感:自分の能力を発揮し、達成できる感覚を得たい欲求
・関係性:他者や集団との関係性を築き、つながりを感じたい欲求

これらの3要素が満たされているときがもっとも適応的な状態といえます。特にこの中では、自律性つまり自己決定性がもっとも動機づけに重要だと言われています。

「学生時代の部活動の練習はイヤだったのに、引退後にその競技で遊ぶのは楽しい」といった経験はありませんか?もしくは「学生時代の勉強はイヤだったのに、大人になってから興味ある分野を学びなおすと楽しい」といったことはないでしょうか?

これは、部活の練習は自己決定的ではなかったのに対して、引退後の遊びは自己決定的だからだといえます。そのため遊びは内発的な動機づけに基づいた行動となっているのです。つまり学習においても、内発的動機づけを高めるためには他者が学習を押しつけるのではなく、自律的な学習を促す必要があるといえます。

内発的動機づけは必須ではない?
内発的動機づけは習慣化に強力な影響をもたらしますが、必ずしもこの状態でないと学習が習慣化されないわけではありません。習慣化された行動の例として「筋トレ」と「歯磨き」を自己決定理論の各段階から整理してみましょう。

<動機づけ段階別 「筋トレ」と「歯磨き」をする理由の例>

動機づけ段階

筋トレをする理由の例

歯磨きをする理由の例

外的調整

しないと怒られるから

しないと怒られるから

取り入れ調整

しないと体型が崩れて他者の評価が悪くなりそうで不安だから

しないと不潔だと思われそうで不安だから

同一化的調整

健康的な生活のために筋トレは欠かせないから

口腔衛生維持のために歯磨きは欠かせないから

統合的調整

筋トレは社会人として当たり前の習慣だから

歯磨きは社会人として当たり前の習慣だから

内的調整

(内発的動機づけ)

筋トレが楽しいから

歯磨きが楽しいから(?)

 

筋トレが習慣化されている人の中には、「筋トレが楽しい」という理由で内発的に動機づけられている場合も多いでしょう。一方で、歯磨きが習慣化されている場合でも「歯磨きが楽しいから」毎日行っているという人は少ないのではないでしょうか。つまり、内発的動機づけは強力な習慣化をもたらす可能性がありますが、内発的動機づけがないと習慣化しないというわけではないようです。学校の勉強なども「楽しいから学習する」といった内発的動機づけを喚起できるなら理想的ですが、現実的にはなかなか難しいこともわかっています。

また、内的調整よりも同一化的調整の度合いこそが学習のパフォーマンスに影響しているという議論もあります(西村・河村・櫻井, 2011; 西村・櫻井, 2013b)。学習の内発的動機づけは小学生のころは比較的高いですが、年齢が上がるにつれて低下していくことが明らかになっています(西村・櫻井, 2013a)。これは学習内容が難しくなってつまずくことが増えて楽しさが減ってくることや、成績や入試などの外発的要素が学習観に影響してくることが原因と考えられます。なかなか内発的な動機のみにもとづいた学習習慣の形成は難しいといえます。

鈴木・西村・孫(2015)は、テストをどう認識しているかが自律的な学習動機づけに影響することを示しました。中学生を対象に行った調査で、テストを「自分の理解を確認するためのもの」などと学習改善の役割として認識していると、内的調整や同一化的調整といった自律的な学習動機づけが高まることが示されました。その一方で、テストは「勉強を強制するために実施するもの」などと学習強制の役割として認識していると、内的調整が低下し、統制的な学習動機づけとされる取り入れ的調整と外的調整は高まることが示されました。このようにテスト観に介入することからも、自律的な学習動機づけの維持・向上が可能であると示唆されました。

以上のように、学習を内発的に動機づけるのは難しいですが、できるだけ自律的な学習を促進することで習慣化は促進されると考えられます。

 

<引用文献> 
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic motivation and self-determination in human behavior. New York: Plenum Press.
西村多久磨・河村茂雄・櫻井茂男(2011).自律的な学習動機づけとメタ認知的方略が学業成績を予測するプロセス―内発的な学習動機づけは学業成績を予測することができるのか?― 教育心理学研究, 59, 77–87.
西村多久麿・櫻井茂男(2013a).小中学生における学習動機づけの構造的変化 心理学研究,83, 546−555
西村多久麿・櫻井茂男(2013b).中学生における自律的学習動機づけと学業適応との関連 心理学研究,84, 365−375.
鈴木雅之・西村多久磨・孫 媛 (2015). 中学生の学習動機づけの変化とテスト観の関係 教育心理学研究, 63, 372-385.

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株式会社WizWe WizWe総研 主任研究員 丹野 宏昭執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

 

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 
執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

 

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