2021年は大谷翔平選手のMLBでの活躍が話題となりました。現在は大谷選手のように海外のトップリーグで活躍する日本人スポーツ選手が多く存在します。かつては三浦知良選手が15歳でブラジルに渡ったニュースが話題となりました。その後、三浦知良選手は長期に渡って日本のサッカー界をけん引する選手となりました。三浦選手にとって、早い時期からレベルの高い環境に身を置くことが効果的な経験となったのでしょう。

しかし、大谷選手や三浦選手のようにレベルの高い環境に身を置いて成功するとは限りません。それでは「今の自分より上のレベルの環境」と「今の自分にちょうどよい環境」だったら、どちらのほうが成長しやすい環境なのでしょうか?この問題は、スポーツ選手だけが直面する問題ではありません。例えば入試や就職活動などを控えた学生も直面しうる問題でしょう。

はたして「背伸び」してレベルの高い環境に飛び込むことはモチベーションや学習成果にどのような影響を与えるのでしょうか。


他者との比較による影響
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前回のコラム(「努力してもムダ」を回避する方法)では学習性無力感を防ぐために、自己効力感(「ある行動・成果を遂行できる」と自分の可能性を認識する度合い)を高めることが有効であると述べました。また、以前のコラム(「楽しくないと続けられない」はウソ? 自律的な学習習慣とは)では、動機づけを高める要素のひとつとして有能感(自分の能力を発揮し、達成できる感覚を得たい)をあげました。

自己効力感も有能感も、どちらも自分の能力や可能性を高く評価するという点で、類似した概念といえるでしょう。乱暴にまとめてしまえばどちらも「自信」の一種と言い換えられます。つまり自信の有無は動機づけに多大な影響を与えているといえます。

それでは自信はどこから生まれるのでしょうか。もちろん自分自身がなにかを達成した経験や、自分自身の中での成長を感じることで自信が生まれる場合もあります。しかし、われわれは多くの場合、他者との比較によって自分の能力などを評価し、自信を持ったり失ったりしています。

自分と他者を比較することを心理学では社会的比較といいます。心理学者のFestinger(1954)は、「人間は自分の意見や能力を正しく評価したいという欲求があり、特に直接的・物理的な基準がない場合は、他者と比較することで自分を評価しようとする」と主張しています。また自分を評価したい欲求に加えて、自分を高揚させたり自己を改善させたいという欲求も社会的比較を引き起こす要因であると指摘されています(Wood,1989)。

以前のコラム(学習を「ゲーム」にしてやる気を上げる)でゲーム要素によるやる気アップの手法を説明しましたが、その中で最も基本的なもののひとつにリーダーボード(ランキングなど参加者同士を比較した際の立ち位置を示すもの)を紹介しました。ランキングが上位であれば有能感も生まれるでしょうし、ランキングが下位であれば上位をめざす目標設定になります。このようにランキングは社会的比較を利用した動機づけ手法といえます。

社会的比較は大きく分けると下方比較と上方比較があります。下方比較は自分よりも下位にいる相手を比較対象とし、自分の有能感や自尊感情を高めようとする行為です。一方で上方比較は、自分より望ましい相手を比較対象とする行為です。上方比較は自分を向上させたいという欲求に基づいて行われます。自分より上位の人を成功モデルとして捉え、もっとがんばろうという動機づけに用いられます。しかし上方比較は自分の有能感や自尊感情を低めてしまう場合もあります。


「井の中の蛙」は幸せ?


井の中の蛙社会的比較が有能感や自尊感情に与える影響として「小さな池の大きな魚効果(Big-fish–little-pond effect)」というものがあります。日本語ですと「井の中の蛙効果」と呼んだほうがわかりやすいでしょうか。

次の例について考えてみてください。同じ学力のAさんとBさんがいます。Aさんは学業レベルの高い学校に進学し、Bさんは学業レベルがそれほど高くない学校に進学しました。さて、AさんとBさんではどちらの学業成績のほうが伸びるでしょうか?

多くの方は学業レベルの高い学校に進学したAさんのほうが大成すると予想するかもしれません。しかし実際のデータによると、学業レベルの高くない学校に進学したBさんのほうが成功する可能性が高いと示されています。

なぜこのようなことが起きるのでしょうか。Aさんは高いレベルの環境に飛び込んだことで、優秀な周囲のクラスメイトとの上方比較が繰り返されます。そのため日に日に有能感が低下し、学習に対する動機づけも減少し、最終的には学業成績まで落ちてしまいました。一方でBさんは自分より学業レベルの低いクラスメイトとの下方比較が行われます。そのため有能感が上昇し、学習に対する動機づけも増し、最終的な学業成績も高くなったのです。このようにレベルの高い環境に身を置くことで有能感が損なわれ、逆にレベルの低い環境に身を置くことで有能感が高まる現象を「小さな池の大きな魚効果」といいます。

Marshら(2008)はこの現象を大規模な国際調査で検証しました。26カ国3849校に通う高校生10万名以上を対象とした調査の結果、26カ国中24カ国で「小さな池の大きな魚効果」が確認されました。つまりこれは文化を超えて起こりうる一般的な現象だといえそうです。

だからといって、学業レベルの高い学校への進学にメリットがないわけではありません。学業レベルの高い学校への進学を目指す過程でのモチベーションや学習量を考えると、チャレンジすることは大切な経験になりえます。また、高いレベルの学校の一員である意識が有能感を生む可能性もあります(これを栄光浴といいます)。

しかし、理論上はそのようなメリットが考えられるにもかかわらず、Marshら(2008)の大規模調査では、高いレベルに所属することで有能感の低下がみられました。このように、社会的比較が有能感に与える影響はとても大きいようです。

この結果は学業だけではなく、スポーツや仕事の場面でも当てはまりえるでしょう。つまり、背伸びして高いレベルに身を置くことが必ずしも良いとは限らないようです。逆に大海を知らない「井の中の蛙」は、大成する可能性を秘めているといえるかもしれません。

 

 

【引用文献】
Festinger, L.(1954).A theory of social comparison processes. Human Relations, 7, 117-140.
Marsh, H., Seaton, M. U., Trautwein, O., Lüdtke; K.T., Hau (2008). “The Big-fish–little-pond-effect Stands Up to Critical Scrutiny: Implications for Theory, Methodology, and Future Research”. Educational Psychology Review, 20 (3): 319–350.
Wood, J. V.(1989).Theory and research concerning social comparisons of personal attributes. Psychological Bulletin, 106, 231-248.

 

 

 

prof tanno 0507トリミング

執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 

執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

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