昔から他者の行動やモチベーションをコントロールさせるための基本的方法として「アメとムチ」が利用されてきました。ところがわれわれの社会では昨今、ムチ、つまり他者に罰を与えることは、体罰やハラスメント等の問題にかかわることもあり忌避されてきました。

そんな昨今では避けられつつある「罰」ですが、過去には広く用いられてきたということは、行動変容や「やる気アップ」への効果自体は高いのでしょうか?もしそうであるならば、たとえば自分に対して罰を設定することで「やる気アップ」の効果が期待できるかもしれません。今回のコラムでは、罰が行動変容やモチベーションに与える影響を整理します。

アメとムチでなぜ行動が変化する?

yaruki以前のコラム(ごほうびは効果あり?それとも逆効果?)でDeci & Ryan(1985)の自己決定理論(self-determination theory)について説明しました。この理論では、外的な動機づけから内的な動機づけまでは連続的に並び、内的動機づけに基づいた行動ほど生起頻度が高く、パフォーマンスも高いことを示しています。そして報酬や罰回避を目的とした行動は、外的動機づけの高い行動とされています。そのため以前のコラムでは、無動機の状態から行動を生起させるためであれば、報酬(ごほうび)や罰回避は効果的であると述べました。

報酬や罰が行動生起におよぼす効果は、オペラント条件づけ研究によって詳しく検討されてきました。オペラント条件づけとは、ある「行動」とその結果として生じる「経験」の結びつきにより、その行動の自発頻度が増える現象をさします。簡単にいうと、行動した結果、自分にとって良いことが起きると、その行動の頻度が増えるという一連の過程のことです。ギャンブルで勝った経験がある人は、またギャンブルを繰り返す可能性が高いことを想像するとわかりやすいかもしれません。

オペラント条件づけは、スキナー(Skinner, 1938)の動物実験が有名です。スキナーはスイッチに触れるとエサが出てくる箱にネズミやハトを入れ、行動の自発頻度の変化を研究しました。最初、ネズミやハトはスイッチに関心を示しません。しかし偶然スイッチに触れたときにエサを得る体験をします。すると徐々に「スイッチに触れる(行動)」「エサを獲得(体験)」の結びつきを学習し、スイッチに触れる頻度が増えていきます。つまりネズミやハトがスイッチに触る行動を習慣化させることに成功したのです。

行動の生起頻度を促進させる体験は、「報酬(好ましい体験)の獲得」と「罰(好ましくない体験)の回避」に分けられます。行動の結果、「報酬」が獲得されれば行動が増えますし、「罰」つまり好ましくない体験を回避できても行動の自発頻度は増えます。つまり旧来から用いられている「アメとムチ」こそが行動習慣化スタートの基本といえます。

無力さも学習?

muryoku行動習慣化の最初はアメとムチ、つまり報酬と罰が重要のようですが、罰と達成条件の設定には注意する必要があります。

たとえば「テストで悪い点をとったら激しく叱られる」といった罰を設定し、子どもや生徒の学習を促す例を考えてみましょう。叱られるのがイヤな子どもは学習を促進するかもしれません。しかし、どれだけがんばって学習しても、達成条件としたテストの点数には到達せず、そのたびに叱られる経験をしたとします。そうなると、学習行動は極端に消失する可能性が高くなります。

上記の例のように、行動しても罰が回避できない体験を繰り返すと、その行動が急激に減少する伝承を学習性無力感とよびます。セリグマンは犬に電気ショックを与える実験で学習性無力感を発見しました(Seligman & Maier, 1967)。まず、電気ショックを回避できるAグループと回避できないBグループに犬を分け、それぞれに電気ショックを与え続けました。その後、壁の低い別の部屋に犬を入れ、再び電気ショックを与えました。犬は低い壁を飛び越えることで電気ショックを回避できる仕掛けになっています。

するとAグループの犬は壁を飛び越えて回避しましたが、Bグループの犬は回避しようとせず、その場でじっと電気ショックに耐える行動をとりました。Bグループの犬たちは、最初の回避不可能経験から、抵抗しても電気ショックを回避できないことを学習してしまい、後の回避可能条件でも行動を起こさなくなったのです。このように、行動しても罰が回避できない経験を繰り返すと、無力感が学習され、行動を起こさなくなることが実験から示されました。

学習性無力感は人間にも生じることが明らかになっています。小学生を対象にした実験(Dweck & Reppuci, 1973)で、2人の問題提供者のうち一方が解答可能な問題を、もう一方は解答不可能な問題を児童に出し続けました。この後に、解答不可能な問題を出していた提供者から解答可能な課題が出されても、多くの児童は解答できませんでした。つまり解答不可能である経験を学習したことにより、解答しようとする行動が消失したといえます。

このように、達成できないことを繰り返し体験することで、学習性無力感を獲得し、行動は急速に減少していきます。また、罰を受けて悲観的な体験を繰り返し受けてしまうと、抑うつ的な症状が発生することも示されています。したがって、達成不能な行動を繰り返し、またそれに罰が付随してしまうと、その行動消失だけではなく、学習者の心理的側面にも悪影響を及ぼす危険性があります。以上の理由から、行動変容に罰を用いることは慎重に行わないといけません。

 

<引用文献> 
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic motivation and self-determination in human behavior. New York: Plenum Press.
Dweck, C.S. & Reppuci, D. (1973). Learned helplessness and reinforcement responsibility in children. Journal of Personality and Social Psychology, 25(1), 109–116.
Seligman, M. E. P., & Maier, S. F. (1967). Failure to escape traumatic shock. Journal of Experimental Psychology, 74, 1-9.
Skinner, B. F. (1938). The behavior of organisms: an experimental analysis. New York: Appleton-Century.


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株式会社WizWe WizWe総研 主任研究員 丹野 宏昭執筆者:丹野 宏昭(タンノ ヒロアキ) 
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 心理学専攻(博士)
社会調査士。博士号取得後、東京福祉大学心理学部にて講義および研究に従事。また、学外活動として社会人を対象とした「ゲームを用いたコミュニケーショントレーニング講座」も担当。

 

主な研究:
・ゲームを用いたコミュニケーションスキルトレーニングに関する研究
・対人関係と適応に関する研究
・対人関係ゲームによる小中学校のクラス作りと不登校抑制のプログラム研究 
執筆:『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング』(書籍)

 

 

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